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東京高等裁判所 昭和31年(行ナ)56号 判決 1960年1月28日

原告 長谷川合名会社

被告 特許庁長官

主文

昭和二十九年抗告審判第一、四三一号事件について、特許庁が昭和三十一年十一月十四日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は、昭和二十九年三月二十五日別紙記載のように、細線を以て表わした楕円形輪廓内に、その長径線上の左右両隅に円点を配し、その間に左から右に「ハセガワ」の仮名文字をやゝ図案化した活字体風の書体で横書にし、上記楕円形輪廓の内側上辺に沿つて「TRADE MARK」、同じく下辺に沿つて「HASEGA-WA GOMEI KAISHIA」のローマ文字をゴシツク体で小さく横書にして構成されている商標について、第四十九類袋物を指定商品として登録を出願したところ(昭和二十九年商標登録願第七五二一号事件)、昭和二十九年六月二十六日拒絶査定を受けたので、同年七月二十二日右拒絶査定に対し抗告審判を請求したが(昭和二十九年抗告審判第一、四三一号事件)、特許庁は昭和三十一年十一月十四日右抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は同月二十九日原告に送達された。

二、審決は、原告の右登録出願にかゝる商標は、商標法第一条第二項にいわゆる特別顕著性を有しないものとするのであるが、その理由において、次のように説明している。すなわち「思うに本願商標中のハセガワの文字は長谷川に通ずるもので、本邦において極めて有り触れた氏姓長谷川を直感させるものであること明かである。本願の商標はかゝる有り触れた氏姓を表わすハセガワの文字に楕円形輪廓を配したものを要部としてなるものであるから、長谷川の氏姓を有するものが普通にその商品の出所を表示するために自由に採択使用する態様を出でないものというべく、これをその指定商品に使用した場合、他の長谷川の氏姓を有する者の商品とその出所を甄別するに足る特別顕著の要件を備えたものということができない。又他に長谷川という袋物屋がないとの証拠もない。」といつている。

三、しかしながら審決は、次の理由により違法であつて、取り消さるべきものである。

(一)  原告長谷川合名会社は初代長谷川富五郎が日本での西洋風袋物製造の元祖として、今から七十七年前に創業し、意匠と技巧のうまさで名工の誉れ高く袋物のメーカーとして大成し、昭和初年その子長谷川五郎が業を継ぐに及んで販売の方に手を拡げ、新奇な意匠のハンドバツグをひつさげ、三越を初め東京のデパートに相まみえたところ、父の伝統がものをいつて、非常な歓迎を受け、続いて大阪、京都、神戸、名古屋等の大都市のデパート及び有名小売店にも売り込んで一層販路を拡張し、日支事変後は朝鮮、満州にまで支店を設けて商品を売り弘め、その間昭和十四年には個人商店を合名会社に組織変えをし、終戦後は日本全国に翼を拡げ、全国の名あるデパートや小売店には、原告長谷川合名会社から出た袋物がないところはないという位、原告の商品が普及し、たかの知れた袋物であるのに、毎年の売上高は一億数千万円の多額に上り、この輝しい伝統と素晴らしい業績で、夙に日本一の袋物屋の名声を博しているものである。

かくして袋物屋の長谷川といえば、原告をおいて他に何者をも思い浮かべない状態である。商標には商号の商標があり、原告の出願にかゝる本件の商標もまたこの種のものである。すなわち原告の商号は詳しくいえば「長谷川合名会社」であり、略していえば「長谷川(ハセガハ)」であるのに対し、本件出願商標も、仮名とローマ字で略称と詳称とを持つていて、原告の商号そのものを表わしている。しかも原告は有名袋物店として盛名をうたわれているから、本件商標は原告長谷川合名会社を連想せしめる。そして商標の機能は商品の出所の指示であるから、本件商標を原告から出す袋物につけた場合、人々はその袋物はあの有名な長谷川から出たものと一途に思い込む。してみれば本件商標は、十分商品の出所を指示することになり、特別顕著性を有することは疑ない。

(二)  審決の説明するところによると、長谷川という袋物屋は原告以外にあると推定できるし、原告の出願の商標は、普通平凡な態様で、この程度のものなら、他の長谷川が自己の商売物の袋物に使うものであるから、似通つた表示の袋物が他にもあり、原告の袋物が混同せずにはいられないということになる。しかしながらそれは袋物屋の長谷川がいずれも凡庸で彼此優劣がない場合の話であつて、先にも述べたように、原告の長谷川のみが袋物屋として、名実ともに日本一である場合、よし広い日本の何処かに長谷川という袋物屋があつても、それは結局無に等しい。すなわち原告のものは自主独往で決して無名の長谷川から出たものと混じて出所が判らなくなることはない。従つて原告の出願商標は、商品の出所を明らかにするから、特別顕著な商標である。

(三)  審決はまた本件商標を他の長谷川なる袋物屋が普通の方法で自己の商売物に使う恰好と大同小異であるとしている。しかしながらたとい小異であつても、原告の商圏が日本全国に拡がつていて袋物の商い高が巨額で、袋物が大量に売り捌かれた実績と八十年にわたつて数々の名誉を得たことによつて、原告を連想する本願商標が容易迅速に周知せられる状態にあつたことと、原告がこの状態で盛んに使用したために、いやしくも商標によつて袋物を売買する取引者及び需要者からこの恰好の商標は、原告の商標だと見知り置かれている。してみれば最初小異と思われるものが、終りには大異となり大特徴となつたのである。従つてこの拡大特徴によつて他の長谷川の袋物と識別できるし、又確かな認識により、この商標の袋物は原告のところから出たものと思われ、商品の出所を指示するし、結局本件商標は商標の機能を果すから正に特別顕著な商標というべきである。これを皮相の観察だけで特別顕著の商標でないとしたのは大変な誤りである。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の請求原因に対し、次のように述べた。

一、原告主張の請求原因一及び二の各事実は、これを認める。

二、同三の主張はこれを否認する。

(一)  原告は原告の「長谷川」は商品袋物の営業について極めて著名であつて、その商品は他の「長谷川」の氏姓を有する者の商品と混同を来す虞がないと主張しているが、その引用する証拠(甲第二号証ないし第十九号証)の示す「長谷川」とは、長谷川五郎、長谷川五郎商店又は長谷川合名会社を指すものであつて、例えば長谷川五郎が袋物の製作について著名であるとしても、この事実が直ちに原告長谷川合名会社が袋物の営業について著名であることを示すものではない。又たとえ原告長谷川合名会社が袋物の営業について著名であるとしても、本件の商標を付した商品が原告会社の商品として認識せられていると断ずることはできないし、原告の主張するように長谷川の氏姓を有する他人の商品と混同を生ずる虞がないと判断することはできない。何となれば本件の商標は、他の長谷川の氏姓を有する営業者が普通に採択使用する態様を出でないものであり、またこれを呼称する場合は、単に「ハセガワ」印又は「ハセガワの○○」と発音せられ、口頭、電話、電報等による取引又はラジオ、拡声機等による宣伝が盛んに行われる現今においては、他の長谷川の氏姓を有する者の商品と区別し得ないことは明かである。又このような商標を或る特定人に独占させることは、商標法の認めるところではないというべきである。

原告の提出にかゝる証明書(甲第二十号証の一ないし八十九)は、全国の袋物に関する取引者及び需要者のうち、原告と取引関係のある八十九名が、本件商標を付した商品が原告の製作販売に係るものであることを認識し、かつこの商標を以つて他の同業者の商品と区別し得るものと認めることを示すに過ぎないもので、これを以つて本件の商標がこれをその指定商品に使用した場合において、全国における長谷川の氏姓を有する他人の商品とその出所を甄別し得る特別顕著の標識たり得るものと判断するに十分なものではない。

第四証拠<省略>

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。

二、右当事者間に争のない事実とその成立に争のない甲第一号証(商標登録願)とを総合すると、原告の登録出願にかゝる本件商標は、別紙記載のように、「ハセガワ」の仮名文字をやゝ図案化した活字体風の書体で横書にし、その外部に細線で楕円形の輪廓を画き、右輪廓内、「ハセガワ」の文字の左右に一つずつ円点を配し、また右文字の上部には「TRADE MARK」を下部には「HASEGAWA GOMEI KAISHIA」のローマ字をゴシツク体の活字で小さく左横書にして構成されているものであることを認めることができる。

三、審決が、原告の右商標は、商標法第一条第二項にいう特別顕著性を備えないものとしたことは、一に記載したとおり当事者間に争のないところであるから、その当否について判断する。

商標法第一条第二項にいう「特別顕著ナルモノ」とは、商標がこれを使用した商品について、果して何人の製造販売等の業務にかゝるものであるかを、取引者及び需要者をして識別させることができるものであることをいうものと解せられるところ、通常、本件におけるように、「ハセガワ」(これが原告の商号の一部であり、また原告の代表社員長谷川五郎の氏である「長谷川」を表わすものであることは、弁論の全趣旨に徴して疑がない。)の氏を表示する文字を、格別特異とも認められない書体で記載して構成された商標は、当裁判所に顕著なように、「長谷川」の氏がわが国において決して珍しくなく、むしろありふれた氏であることに鑑れば、(その成立に争のない乙第一号証の一、二によつても、「長谷川」の氏を有する袋物商が、東京都区内だけでも、原告の外に少なくとも六名あることが認められる。)これら他の「長谷川」の氏を有する者が、同一又は類似の商品を製造、販売等する場合、右商標によつては、需要者等が果して右商標を付した商品が、原告「長谷川」の製造販売等にかゝるものか、又は他の「長谷川」の製造販売等にかゝるものであるかを判別することは不能又は著るしく困難であつて、それ自体は、いわゆる特別顕著性を有しないものと解せられる。しかしながらこのような商標であつても、これが永年取引に使用された結果当該商品について甚だしく著名となり、需要者等をして、これを付した商品が、これら同一の氏を有する多数の者のうち特定の者の製造販売等にかゝるものであることを認識せしめるに至ることは、必ずしもあり得ないことではなく、(そしてこのようなことは、これを使用する商品がある類別に属する商品の全部というように広いものでなく、いわゆる専門的商品として、そのうち特にある商品に限つて使用されているようなときにおいて、より多く見られる。)この段階にいたれば、それ自体は特別顕著性を欠いた商標も、前記法条にいう要件を具備し、登録することができるにいたるものと解せられる。

いまこれを本件についてみるに、その成立に争のない甲第二号証ないし第五号証、甲第八号証、甲第十三号証、甲第十八号証の一、二、三及び当裁判所が真正に成立したと認める甲第十七号証の一ないし九、甲第二十号証の一ないし八十九、甲第二十三号証の一ないし四並びに証人大久保文雄、高橋衛の証言を総合すれば、次の事実を認めることができる。すなわち原告会社代表社員長谷川五郎の先代長谷川富五郎は、明治十九年二月東京市浅草区において皮革製袋物、ハンドバツグの製造販売を開始し、意匠技巧の改良刷新につとめ、斯界に重きをなして来たが、昭和二年三月同人の死後その五男長谷川五郎においてその業を継いだ。同人は爾来製品の改良、販路の拡張につとめて来たが昭和十四年十二月合名会社長谷川五郎商店を設立して代表社員となり、これに営業一切を譲渡し、その後昭和十六年四月商号を長谷川合名会社と変更し原告会社の今日に至つた。原告会社の営業は由来するところが右のように古いばかりでなく、長谷川五郎個人経営の当時から全国著名百貨店及び小間物取扱店に対しその製品を販売し、その販売高は逐次上昇し、区々たる袋物の類を以て、昭和二十八年度一億二千四百万円、昭和二十九年度一億三千六百万円、昭和三十年度一億八千万円に達し、またその製造にかゝる高級袋物は、現在において同種業者中の第一位を占め、原告「長谷川」のハンドバツグ等は、その取引者需要者の間において、最高級の袋物として広く知られ、本件商標は、これら袋物に使用され、判然他と区別して、原告の業務にかゝるものであることを認識せしめているものであることが認められる。

してみれば原告の商標は、それ自体では、いわゆる特別顕著性を有することは困難であつたであろうが、永年の使用により、商品「袋物」についてはこれを具備するに至つたものといわなければならない。

四、被告代理人は、原告の本件商標を付した商品は、他の長谷川の氏姓を有する者の商品と区別することができないし、またこのような商標を特定人に独占させることは商標法の認めるところでないと主張するが、先に認定したところは、これら他の長谷川の氏を有する者の商品をも含めて、判然区別することができるようになつたことをいうものであり、またすでに永年の使用により特別顕著性を有するに至つた以上、いわゆるありふれた氏よりなる商標といえども、商標法第一条第二項の要件を具備し、これを登録することができることは本来特別顕著性を有する商標と異るところなく、ただその場合においては、事実上同法第八条の適用を見ることが比較的に多いというに過ぎず、被告代理人の右主張はいずれも採用の限りでない。

五、以上の理由により、原告の本件出願にかゝる商標は特別顕著性を有せず登録することができないとした審決は違法であるから、これを取り消し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決した。

(裁判官 原増司 山下朝一 多田貞治)

(別紙)

本件出願商標<省略>

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